[つぶやき]    陰翳礼讃 谷崎潤一郎の美と日本の天然石

本文より


 支那人は、また玉と云う石を愛するが、あの妙に薄濁りのした幾百年もの古い空気が一つに凝縮したような、奥の奥の方までどろんとした鈍い光を含む石のかたまりに魅力を感じる(省略)

 水晶などにしても、近頃は智利から沢山輸入されているが、日本の水晶に比べると、智利のはあまりにきれいに透きとおりすぎている。昔からある甲州産の水晶と云うものは、透明の中にも、全体にほんのりとした曇りがあって、もっと重い感じがするし、草入りの水晶などと云って、奥の方に不透明な固形物の混入しているものを、寧ろわれわれは喜ぶのである。(省略)


 われわれは一概に光るものが嫌いと云う訳ではないが、浅く冴えたものよりも、沈んだ翳りのあるものを好む。(省略)それは時代のつやを連想させるような、濁りを帯びた光なのである。

谷の感想


ここ数日、この何とも云えない北海道産の天然石の「美」に目を奪われていました。しかしそれを説明せよと云われても説明できないものです。偶然にも陰翳礼讃を読んでいましたら、この文書がでてきまして合点がいきました。


日本の「美」を日本人である私は「魂」で感じたのだと思いました。

日本産の水晶はいまや貴重です。あまりにも貴重なので高額にならざるおえないのですが、その理由も谷崎を読む事で納得がいきました。


ところで、魯山人の器と食事に対する感性と谷崎の感性にはどこか似ているような氣がします。うまくはいえませんが。。。

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